うつ病との闘い 回復に向けて ~2020年3月18日~
・・うつ病との闘い 回復に向けて 書出ノート6冊目・・
新型コロナで世界中がバタバタしてる。
3月も半分を過ぎた。
休職期間も5ヶ月経とうとしている。
昨日は子供の習い事で、遠方での6年生を送る会、実施の連絡が来た。
妻は幹事の為、各家庭に出欠を確認した。
この会自体はもちろん自己責任。
任意参加が団体の主旨である。
その上で、妻が相談をしてきたので出欠確認をする事とした。
理由は明確。
子供達の為だった。
幹事をしている学年は、遠方の際に車出しが中々出来ず、欠席をする子供が多かった。
その為、子供が行く意志があり、双方、自己責任の元、同乗が出来る人がいないかも含めての確認。
皆で久しぶりに楽しめたらという想いだ。
しかし、他学年は任意なのに、この時期に出欠を推奨する意味が分からない。
と、コメントしてきた保護者がいた。
妻はそういう意味では無く、学年の特性を考慮し、自己責任の元とした連絡をしたはずなのに。とがっかりしていた。
結局、再度、妻が理由を説明した上で謝罪をして、出欠確認終了とした。
とにかく、子育てをしていると、学校行事でも習い事でも、こんな感じが多すぎる。
しかも、コメントしてきた人は、把握もしていないのにすいません。だって。
なら最初からどーこー言うなよ!
同じ様に感じていた保護者は、早速、妻に何なのあのコメント。と連絡は来てたけど。
前も書いたけど、親の都合や考えでの、子供達への介入が多すぎる。
これは、俺の子供の頃くらいから徐々に増えていた気がする。
田舎でさえそうだった。昔から余り好きじゃない。
親として現在の常識や振る舞い。
人としての責任や態度など、この日本で生きて行く上で必要な事を教えるのは大切だと思う。
だけど強制はダメだよね。
子供達はこれから20年先が本当の戦いの場所。
30代後半の俺でさえ20年前の常識と今を比べたら、ビックリするほど違う。
子供は大変柔軟である。
驚くくらい適応も早いし、遅い子でもしっかり向き合えば、その子のペースで適応してくる。
親が出来る事なんて、その場を提供出来るように努力するだけだ。
多様な生活環境で育つ子供達が、子供達で課題を見つけて。
大中小のルールを作り、馴染めない子の救済方法を考えて。
学校生活の中で、知識を増やし、不要なルールを改善し。
自分達の意見を出し合い、互いを認め、競争をしていく。
これが大切なんじゃないかな。
今の時代はそれが出来る、環境になってきているのだし。
だけど、それをしてこなかった、親や教師が介入してしまうのだから、意味が無い。
特に親は、スペシャリストでは無いし。
教師は一応、教育のスペシャリストだ。
そのスペシャリストでさえ、失敗をするのに、何でも無い親が監視をして、子供も教師にも介入するとか、どんどん違う方向に行っている気がする。
古いというか、なんというか。
こういう事を言うと、理想だと笑う人達がいる。
その人達に限って、モンペだったり、子供に無関心だったり、自分の生活優先。
過保護だったり、八方美人に逃げてばかり。
挙句には影で文句ばかり言っている。
何がしたいのだろうか?時間が勿体ない。
気持ちが分からない訳じゃない。
自分の子供、家族が優先だよ。そりゃそうだ。
でもさ、どこかで協力し合わなきゃダメでしょ。
好きな人も嫌いな人も社会にはいるんだから。
何が言いたいのか分からなくなってきた。
でも、なんだかスッキリしたな。
日本人としての大切な「まごころ」という特性が無くなってる気がするよ。